法人採用試験から入職する大学職員は様々な現場を経てキャリアアップしていき、多くの職員は本部と現場(エリア支援室)の両方を経験します。土居新治さんの場合はどうだったのでしょうか。前回に引き続き、教育推進部での話から始まります。
――私(土井裕人)が土居さんと一緒に仕事をするようになったきっかけは「チュートリアル教育」でした。大規模な総合大学で教員と学生が1対1で向き合うチュートリアル教育の実現に向けて検討を始めるという大きな仕事は、どのようにされたのでしょうか?

チュートリアル教育(又はチュートリアル学修)は、イギリスのオックスフォード大学のチュートリアルを一つのモデルとして、筑波大学の指定国立大学法人の構想の中で導入することが決定されたものです。しかし、私自身は、それ以前から偶然オックスフォード大学の苅谷剛彦先生の本を読んでいて、オックスフォードのようなチュートリアルを筑波大学で実現できたらよいなと前々から思っていました。つまり、元々自分で勉強し興味を持っていたことが偶然自分の業務になったわけです。しかし、いざチュートリアルを導入するための具体的な検討を始めようとなった時、現場の教職員まで含めて全員がチュートリアルについて十分理解していたかというと必ずしもそうではありませんでした。日本語に訳してしまうと単なる個別指導となってしまいますので、当初はそのように理解していた方も少なくないのではないでしょうか。この取組をより良いものにするためには、チュートリアルの具体的な中身を設計し実施する全学の教職員が十分な共通認識を持つことが重要ですが、このままだとそれがないままに進んでしまうのでは、という危機感を覚えました。そこで、私自身もチュートリアルについて書かれた様々な文献を読んで勉強し直した上で、関係者に理解してもらうための様々な資料を作成したり、会議やセミナーで説明したりして、検討が軌道に乗るまで頑張ったというのがありました。
――皆さんの努力が実ったのか、筑波大学でのチュートリアルの試行は計画を前倒しにして進んでいますよね。そうした将来の教育に関する大きなプロジェクトにも職員が関わる一方で、大学の日々の教育では学生と接する現場というのもあります。土居さんが最初に配属されたのはエリア支援室(それぞれの学部や研究科の事務室に相当)だったそうですが、そのあたりのお話をお聞かせください。
本部棟にある教育推進部で関わるのは主に教育担当副学長や教育組織長などの先生方で、現場の学生と関わる機会はほとんどありません。現場の先生や学生と接して、本当にいろいろな人がいるんだということが実感できるのは、エリア支援室で業務をしないとわからないことだと思います。特に職員の支援を必要としない学生も多い一方で、課題を抱えていて支援を必要としている学生もいます。先生方の中にも厳しい人だったり優しい人だったり、本当にいろいろな人がいます。そういう人たちと接する中で、筑波大学の先生や学生はこういう人たちなんだというイメージが持てるのは支援室を経験して良かったことです。また、本部棟からエリア支援室に対応を依頼するような仕事も多いのですが、現場に依頼した後の仕事がどう進むのかを知っておくということも重要なことだと思います。エリア支援室の仕事が円滑に進むと本部での仕事が円滑に進むことにもつながるので、実務において非常に大事です。業務分野や人事異動の縁にもよると思いますが、自分の経験からは職員は少なくとも一度はどこかのエリア支援室を経験しておけるとよいのではないかなと思っています。
――エリア支援室での経験が、その後の業務やキャリアにどのように結びついているのでしょうか?
支援室にいた経験が、その後大学院に行くまでの問題意識を生んでいます。支援室にいたときに担当していた大学院教務では、英語プログラム(英語で専門を教えるプログラム)に在籍する日本語を話さない大学院生の対応もしていたのですが、入学時点で日本語が分からないのはよいとしても、卒業(修了)まで日本語をあまり身につけられずに帰ってしまう学生もおり、せっかく日本に来てくれたのにとてももったいないなと思いました。また、ちょうど国際化のギアを上げて走って行こうという時期に、まだ現場があまり追いついていないというのも感じていました。留学生を増やす、そのために英語プログラムを増やす、という数値目標を掲げるのはマクロな政策・施策としてはよいのですが、その結果現場が置き去りになって質が伴わないという事態は避けなければという問題意識を持ちました。このことを文部科学省での国際業務研修に参加する際の申請書類にも書きましたし、その後アメリカに行って現地で調査をするときもそういう問題意識をテーマの一つに挙げました。
帰国してから大学院に行くときも、量的な国際化でなく質的な国際化を考えたいという視点で研究テーマを設定しましたし、修士論文も卒業生から見た英語プログラムというテーマで書きました。そういう意味では、大学職員としての問題意識を育んでくれるのも現場の支援室かなと思います。私自身はこれまでに大学本部や文部科学省での業務も経験し、色々な視点から大学の運営に関わってきましたが、現場ではきれいな理屈だけでは動かない部分もありますから、そのあたりは実際に経験してみないとわからないところがありますね。
次の記事 大学院での学びと大学職員のキャリア 土居新治さん④
- 筑波大学への入職とそのときに感じた魅力 土居新治さん①
- 教育推進部での仕事と職員のあるべき姿 土居新治さん②
- 本部での仕事と現場での仕事 土居新治さん③ 《この記事》
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